1月 22, 2018

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平和のためのアクション

コレット・ミラーによる天使の羽プロジェクトは世界各地の人々が平和のイメージと繋がる 機会を与えます。

2017年10月東京にて

親愛なるアメリカ国民へ

アメリカ人として7年間日本に住んでいます。東京に住んで一年目に、東北の地震、津波、そして福島の原発の事故が起きました。震災が起きた時、被爆の恐怖を感じながら東京に留まっていました。今度は北朝鮮からの原子力爆弾による攻撃におびえながら皆生活しています。震災が起きた時と今回の恐怖の違いは、恐怖を日本人の友達に言えないことです。

私は母国のアメリカの家族の元へ帰る選択肢がありますが、日本人はどこへ逃げるのでしょうか?自分の無力さを感じることが多いけれど、アメリカ国民は戦争に反対する行動を起こす責任があると考えています。

残念ながらトランプ政権はキム・ジョン・ウンを脅かし続けています。最近アメリカの戦闘機が北朝鮮上空を飛行しました。韓国と日本はこの飛行に参加しませんでした。これは韓国と日本は北朝鮮にとても近くて、原子力爆弾が向けられることもあるかもしれないから、北朝鮮とは戦争をしたくないからです。

第二次世界大戦後マッカーサーの命令により憲法の平和主義を遵守し、軍隊には投資しない方針を採りました。この期間に日本経済は繁栄しました。日本の平和主義は皮肉にも広島と長崎の原爆の参加の記憶に強く影響を受けたものです。

私の祖父は第二次世界大戦の太平洋戦線で戦いました。戦後祖父が撮った写真を見たり、その頃の日本の話を祖父から聞いたことがきっかけで日本語を勉強したいと思うようになりました。ビルおじいちゃんは優秀な弁護士で、よく何時間もディベートをしたものでした。子供の頃のとても楽しい思い出です。でも祖父がたった一度だけ冷静さを失い、ディベートを途中で止めたことがありました。それは広島と長崎の話をしていたときでした。愛国心の強いアメリカ空軍の一員として、祖父は原爆は戦争を終結させる為に必要だったと信じていました。原爆がもたらした破壊の規模と失われた多くの命を考えると、必要だとは考えることができません。北朝鮮国民にアメリカが同じことをするかもしれないと想像したくないです。

原爆の投下は何年も続いた戦争を終わらせる為に必要だと祖父は考えていたけど、アメリカの爆撃機が行った東京大空襲の恐怖についても語ってくれました。祖父はグアムのラジオコントロールタワーで働いていて、戦闘機を実際に操縦をしていませんでした。でも祖父の友人の一人で、戦闘機のパイロットだった人が空襲の直後、東京上空を一緒に飛行しようと誘ってきました。焼け野原と化した東京の光景は戦争の最も強烈な記憶として祖父の記憶にその後60年間残りました。

祖父は多くの親しい友人を戦争で失ったため、戦争が終わってアメリカが勝利宣言をしても、戦争の悲劇を直に体験していないアメリカ国民と同じようには祝うことができませんでした。

祖父は帰国してハーバード大学のロースクールに入学する前に、きっと亡くなった友人達に哀悼の意を表する為だと思うけど、ビルは戦争が終わったあとしばらく復興のために日本に残りました。

とても痛ましい歴史的出来事があったにも関わらず、アメリカと日本は第二次世界大戦後とても近しい同盟関係を築きました。日本人はアメリカに対して好意的で私は反米感情をむき出しにした日本人にほとんど会ったことがありません。

最近東京のバレエのクラスでバーレッスンによく参加される60代後半の男性が、アメリカをもう何年も訪れてないので英語を話す練習を数分間させてもらえないかととても丁寧に頼んできました。そしてその方は自分の人生について話し始めました。彼は沖縄出身の日本人女性とアメリカ陸軍兵士の子供でした。その頃日本人とアメリカ人の間の結婚はアメリカでは認められていなくて、戦後2年後日本人女性とまだ赤ちゃんだったその男性を置いて帰国してしまいました。数年後まだその男性が少年だった時、母親は別のアメリカの陸軍兵士と結婚するためにロサンゼルスへと旅立ちました。時が経過して異人種間の結婚が合法となったのです。そして私の両親より数年前に生まれたこの男性は東京で孤児になりました。

それから15年後、大人になりアメリカを訪れ母親と再会しました。その頃まで彼の母親には2〜3人のアメリカ人の子供ができており、その子供達は母親が死ぬ間際に相続人からその男性を除外するように念を押しました。

この話を聞いて驚いたのは、彼はアメリカに対して怒りを感じていなかったことです。私は怒るべき理由がたくさんあると思ったのですが、その男性はむしろまたアメリカに行って英語を上達させたいと思っていたました。許しの悲しい一例だと思います。

第二次世界大戦後からそして冷戦中、アメリカは世界的な軍備増強の競争をしていました。その結果地球全体を破壊できるほどの軍事力を備えました。どうしてそんなことをしたのでしょうか?自国民と全人類を破壊する手段を開発する以外にアメリカの豊かな資源、知識、専門知識、発明の才能を生かす道が他にないのでしょうか?北朝鮮とイランはこの危険なゲームに参加し、国際社会において自分たちの意見を主張したいと考えています。これは関係諸国の愚かさをを露呈するものです。もし米国が敵国が原子力爆弾を保有すべきではないと考えるのであれば、真の世界のリーダーとして自らが軍縮することによって手本を見せるべきなのではないでしょうか?現在の緊迫した国際情勢において、多分私の理想主義的な提案に誰も賛成しないと思います。でもそれだったらどうして北朝鮮やイランが原子力爆弾を欲しがる理由を理解することができないのでしょうか、それ以外に敵国を牽制する術がないのに。

各国のリーダーを含めてみんながソーシャルメディア用いる世界で、人々はYoutubeでの30秒の名声やアマゾンのベストセラーのリストに入ることを常に追いかけています。このように大勢の人達がSNSで情報を発信する世界では、一般の人々の意見が届く機会が少なくなって来ています。

昨年ずっと将来についてそしてアメリカ政府が押し進めている地政学的、外交的、環境問題についての政策に不安を感じていました。トランプやキムの言葉の応酬による戦争についてのニュースが本当の戦争にならないように祈り続けています。

そういった心配が原因だと思うけど、最近友達と私の上に原子力爆弾が落ちて来て被爆して原爆の炎の中で焼かれる悪夢を見ました。理性的ではないかもしれないけれど、私の世代でこのような恐怖を感じている人達は多くて、特に2つの朝鮮、日本、そして多分アメリカにもいると思います。

私は平和を信じています。アメリカ人、日本人、韓国人、イラン人、中国人、ロシア人、他の国の人達、軍隊で働く人達さえも戦争が起きて欲しくないと思っていると思います。

ベトナム戦争が起きた時、化学兵器による攻撃から逃げようとする子供達の写真を見てアメリカ人はショックを受けました。私の両親の世代は外に出てデモをしました。デモが起きた理由はアメリカ本土はベトナムから攻撃される危険性は全然なかったけど、戦争がもたらす恐怖に反対したためでした。

もし今アメリカにいたら、表に出てデモをしたいです。アメリカ人は貧しく国際社会から孤立した国を壊滅させたいとは思ってないと思います。私達はキム・ジョン・ウンを脅かし窮地に追い込むのをやめなければなりません。キム・ジョン・ウンは家族と国民を守るのは攻撃することだけだと思うからです。何よりも大切なのは、平和、受容、多様性を推進することによってのみ国際社会で重要な役を果たすことができるということです。

私達はチャンスのある国で愛し、友達や家族の心配をせず、安らかに夜眠りにつきたいと思います。少数の特権階級の人々ではなく、全てのバックグラウンドのなるべく多くの人々にこういう機会が与えられるべきです。アメリカはキリスト教の価値に基づいて建国されました。それなのにどうして聖書の最も基本的な教えを忘れてしまったのでしょうか?「悪を離れ、善を行え」(詩編 34:14)「わたしは平和をあなたがたに残して行く。私の平安をあなた方に与える。わたしが与えるのは、世が与えるものとは異なる。あなたがたは心を騒がさせるな、またおじけるな。」(ヨハネ14:27)

私達はアメリカ人として二人の権力者が想像を絶するほど恐ろしい戦争が起きる危険性で世界を脅かしており、ただ静かに座っている余裕はありません。外に出て平和を訴え、世界にアメリカ人が誰かを犠牲にする「アメリカファースト」を信じないと、いじめや脅かしを信じないと、そして信じるのは人類の力だということを示して下さい。

ブライアリー・ロング

聖書引用 https://ja.wikisource.org/wiki/ヨハネによる福音書(口語訳)

Marine & Walk Yokohama には一人で行ったので、通りすがりの人に写真を撮って下さいと頼みました。 東京のような大都市では、時々孤独を感じたり、自分が誰でもないように感じてしまうけど、こうした作品は人と関わる機会を与えてくれます。

ブライアリー・ロングによる他の記事 http://japaneseperspective.com/国際的な子供時代/

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